靖国神社とは?なぜ政治家や閣僚の参拝が問題になるのか?

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靖国神社とは?

東京都千代田区九段北にある神社。慶応4年(1868年)以降、戊辰戦争・明治維新期の戦没者を慰霊、顕彰する動きが活発になった。

それらを背景に明治天皇の勅令で明治2年(1869年)に建てられた「招魂社」が起源となっている。元来は東京招魂社(とうけいしょうこんしゃ)という名称であった。

1879年(明治12年)に「靖國神社」に改称された。

1946年(昭和21年)に、日本国政府の管理を離れ、東京都知事の認証で、宗教法人法の単立宗教法人となった。

国家のために殉難した人の霊(英霊)を祀る。
全国にある「護国神社」と深い関わりがある。
国家神道の代表的施設である。

戦死者・戦没者の慰霊について

特に「十五年戦争」における日本軍軍人・軍属の戦死者を、国家としてどのように慰霊するのが適切か?という問題。戦後、靖国神社は国家による慰霊施設から宗教団体として分離された。なので日本には戦死軍人に対する公的な慰霊施設が存在しない。

十五年戦争とは?
1931年~1945年のポツダム宣言受諾(日本降伏)までの15年に渡る日本の対外戦争。満洲事変、日中戦争、太平洋戦争の全期間のこと。

なぜ8月15日に靖国神社に参拝に行くのか?

8月15日は終戦の日(しゅうせんのひ)である。
日本における、第二次世界大戦の終結(終戦)の日。
日本では一般的に終戦記念日は8月15日と認識されている。

アメリカ合衆国など多くの国々では第二次世界大戦は1945年9月に終結したと認識されている。
アメリカ:9月2日としている。
中華人民共和国:9月3日としている。

1945年(昭和20年)8月15日
「玉音放送」がその日の正午にラジオで放送された。
「玉音」とは「天皇の肉声」のこと。
「ポツダム宣言の受諾及び日本の降伏」が国民に公表された日。
帝国政府が軍に対して「武装放棄」と「連合軍への投降命令」を発した。
連合国側もそれを受けて戦闘を止めた。

歴史認識

靖国神社は、戦死者を英霊としてあがめ、戦争自体を肯定的にとらえている。それに対して公的な立場にある人物が参拝することは、第二次世界大戦に対する歴史観を公的に追認することになる。

なので日本の閣僚は、この戦争における対戦国に配慮して、靖国神社に対する参拝を禁止、制限、自粛すべきとする意見がある。

信教の自由

日本国憲法は、第20条第1項で「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。」と定められている。

参拝を望むなら、たとえ大臣・官僚であっても国家権力によって靖国神社への参拝を禁止・制限することができない。

また、参拝を望まない人が国家によって靖国神社への参拝を強制されない。「信教の自由」は、この両方の側面を含む。

日本国憲法第20条 政教分離原則と抵触?

内閣総理大臣・国会議員・都道府県知事など公職にある者が公的に靖国神社に参拝することは、第20条第1項において禁止されている「宗教団体に対する国家による特別の特権」ではないか?という主張。

2021年8月15日 政治家へのインタビュー

安倍前首相
「尊い命を犠牲にされたご英霊に尊崇の念を表し御霊安かれとお祈りしました」

尊崇の念とは?
相手を敬い(尊敬し)崇める(きわめて尊いものとして敬う)心のこと。

御霊(みたま・ごりょう)とは?
神道における概念。魂の尊敬語。

政治
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